会報「狭山大運動」第17号(2023.11月10日号)

10・31「鑑定人尋問を行え」の声轟く

高裁周辺、終日狭山一色に

午前中、東京高検要請行動/午後4時間の東京高裁前宣伝

正午過ぎから午後4時まで取り組まれた、東京高裁前のマイク宣伝・署名活動。全国から40名が参加し訴えた。正面は掲げられた大横断幕。

大横断幕見入り、署名に応じる市民。

東京高検前で、要請行動にむけシュプレヒコールをあげる要請団。東京高検側の20名の人数制限を超える29名が参加した。

◆当面の狭山要請行動スケジュール

 11月24日(金) 集合時間 正午 東京高裁正門前

 

◆各地の狭山23デー街頭宣伝スケジュール

 ●大阪 11月23日(木・祝日)15時より16時  京橋駅     

 ●奈良 11月26日(日)   16時より17時  JR奈良駅     

 ●福岡 11月26日(日)   14時      天神パルコ前集合

                 14時半~15時半リレートーク・署名活動

 

                 16時~             警固公園までデモ行進

                                                     主催 福岡「SAYAMA」上映実行委委員会

10・31 東京高裁前で宣伝活動

 寺尾無期判決から49年を迎えた10月31日、全国から40名が集まり狭山要請行動が取り組まれた。

 11時からの東京高検要請行動(後述)に続いて、12時すぎから午後4時近くまで、東京高裁前でのマイク宣伝、チラシ配付・署名活動が行われた。東京高裁前では終日、東京高裁第4刑事部大野裁判長の11月三者協議・12月退官前の事実調べ・鑑定人尋問決定を求める訴えが鳴り響いた。

  正午過ぎ高裁前の宣伝活動開始。路上を圧倒する大横断幕を掲げ、木製のかもいを展示。チラシを配布し署名への協力を訴えた。

 マイク宣伝は、狭山大運動共同代表の長谷川直彦弁護士、関西から新たな共同代表とな

った鶴丸春吉さん、狭山と人権を考える茨城の会代表の尾池誠司弁護士など多くの人たち

から、大野裁判長への鑑定人尋問を求める必死の訴えが続いた。

 午後2時前、解放同盟の東京高裁要請団が、私たちの前を通り東京高裁へ。「差別裁判

打ち砕こう」を歌い要請団を激励した。

 3時過ぎには、日比谷野外音楽堂での10・31狭山集会参加者のデモ隊列が、シュプレヒ

コールをあげ東京高裁横を行進した。

マイク宣伝は4時頃まで続き、東京高裁周辺は狭山一色で染め上げられ、全国から駆け

 

つけた40名全員が10・31要請行動を最後までたたかいぬいた。

発言要旨

◆狭山大運動(略称)共同代表 

長谷川直彦弁護士

 

 皆さん、再審請求人の筆頭は誰か知ってますか。当事者の石川さんじゃないです。法の建前では、筆頭の第一請求人は検察官です。検察官はこの裁判おかしいと思ったら、再審を自らやる義務を負っています。それくらい検察官の責任は重い。ところが今の狭山裁判は誰が見たっておかしい。

2回の徹底的なガサ入れで何も出てこない。ところがそこから万年筆がでてくる。その発見された万年筆のインクが被害者の使っていたインクと違う。検察は水洗いしたと憶測で主張している。しかしその証拠はなにもない。もし弁護人が憶測で請求したら、裁判所に100%相手にされない。それくらいデタラメ。

 もう一つ重要な物証の時計。シリアルナンバーが違う。時計には必ず番号がついており、 

 世界に同じ型番の時計がいくつあっても同じ番号は一個もない。その一個しかない時計

の番号が違うにもかかわらず、質屋なんかに手配書を配ってた。途中で番号が違うとわか

ってもほったらかし。こんな捜査あるでしょうか。これが狭山事件の実態です。本来なら

検察官が、これじゃダメと自ら再審請求しなければならない。もし当事者に先を越されて

しまったら、間違ってました、再審に協力しますと言うべき。しかし検察は重要な証拠調

べに全部反対。とんでもありません。

 今証拠調べがどうなるかが、狭山第3次再審請求の現状です。大野裁判長はあと一ヶ

月 余りで定年で、次回11月中旬予定の三者協議が、狭山と関わる最後の場です。大野裁判長にお願いがあります。後生にこんなデタラメな裁判を残してはいけない。大野裁判等自らが再審の糸口をつけるよう踏み込むべきです。是非とも大野裁判長には証拠調べを最低でも3つ以上つけて、退任して頂きたい。

◆狭山大運動(略称)共同代表 

鶴丸春吉社民党支部長

 

 この度狭山大運動の共同代表になりました、大阪・寝屋川、社民党支部長の鶴丸でございます。

 今日はハロウィンの仮装で参加しました。10月31日、これハロウィンの日です。2千年前、ケルト民族が始めた秋の収穫祭で、日本のお盆みたいなものです。先祖の霊がこの日降りてくるのでそれを弔い祝う。その時、悪霊も降りてくるので防ぐために仮装する。

 私は7月17日の狭山大運動関西集会の際、二人の国会議員からアピール文をいただきました。アピール文の最後に、私の力でよかったら闘いますとありました。狭山をめぐり部落解放同盟出身の国会議員などが、国会の法務委員会で狭山について質問・追及しています。二人の国会議員にも、再審や証拠開示について追及して欲しいと思います。

 狭山は、日本の裁判史上最大の暗黒裁判です。裁判所、検察、警察は、悪霊にとりつかれています。一緒にたたかいましょう。   

◆狭山と人権を考える茨城の会 代表 

尾池誠司弁護士

 

 今日、全国連の皆さんと狭山と人権を考える茨城の会で、検察官への要請をしてきました。

 85歳になろうとする石川さんの再審無罪をかちとるため、やはり鑑定人尋問を実現する必要があると思います。

 検察官は、なぜ鑑定人尋問に応じないか明らかにしませんし、明らかにできないと思います。検察官が石川さんが本当に有罪と思っているなら、堂々と鑑定人尋問を受けて立てばいいんです。

 ところが受けて立たずに反対、反対、裁判所は鑑定人尋問を採用するなと言っているわけです。こんなデタラメは許せません。

 石川さんの鑑定人尋問を実現し、再審開始へ共にたたかいます。

東京高検要請行動報告

 

 東京高検から、片野担当検事、岡田公判事務課長、公判事務課和田の3人が出席。要請団は狭山大運動と狭山と人権を考える茨城の会の29名が参加。

 

要請団:10月31日は49年前東京高裁寺尾正二裁判長が、石川さんに無期懲役判決を下した日だ。寺尾裁判長は判決の一週間前から家族を避難させていたことがわかった。こんなことでいいのか。片野検事は、無実の人間を罪に陥れますか。

片 野:しません。

要請団:大野裁判長は12月に退官する。三者協議は11月の1回のみ。石川さんの年齢、わかりますか。

片 野:知らない。

要請団:84歳、もう少しで85歳。持病も持っている。

片 野:知らない。

要請団:重い糖尿病で、視力が落ちて手紙を書くのもままならない。彼の人生につい

て関心がないのか。狭山はえん罪が疑われている事件だ。石川さんを目の前にして人生を弄ぶ。あなた方の正義はどこにあるのか。鑑定人尋問を行い、審理を尽くせばいいのではないか。

要請団:下山鑑定による万年筆インク分析の結果、発見万年筆が被害者のものではないことは明らか。検察は水洗いしたからクロムが検出されないと主張している。どういう根拠で水洗い説をだしたのか。

要請団:検事は鑑定人尋問は必要ないと言っている。何を隠す必要があるのか。向き合ってほしい。(その後、9通の要請文を読み上げ。)

要請団:石川さんが犯行現場とされる場にいたのか。どんな死体の状況だったのか。犯行現場はあそこではなかった。犯行現場とするため、出会い地点をねつ造した。実際に現地に行って調べてほしい。不見当ではなく証拠をだすべき。

要請団:(要請文を読み上げ口頭での要請を行った。)11月の三者協議での返事を教えてもらえますか。

片 野:ここでは言えない。

要請団:片野検事に、事実調べは必要であり真実を究明してほしいと言っている。証拠開示して真実を究明することを三者協議の場で明らかにしてほしい。

                              終了:11時50分

 

会報「狭山大運動」第16号(2023.10月10日号)

10・31 全国から東京高裁前へ

東京高裁第4刑事部・大野勝則裁判長へ

11月三者協議の場で鑑定人尋問を決定せよの声を届けよう

9・19狭山要請行動

東京高裁前への要請に向かう要請団。「大野裁判長は、11月三者協議の場で鑑定人尋問を決定せよ」とシュプレヒコール。

東京高裁前の大横断幕を見て、署名に応じる市民。

 

東京高検要請前に、「東京高検は引き延ばし策動はやめろ」「すべての証拠を開示せよ」とシュプレヒコールをあげる要請団。

当面の狭山要請行動スケジュール

 10月31日(火) 集合時間 正午 東京高裁前

 11月の日程は、東京高裁・東京高検と調整中

 今秋の取り組みは、東京高裁第4刑事部・大野勝則裁判長の12月退官を目前にして、事実調べ=鑑定人尋問・東京高裁自身による万年筆インクの鑑定を実現させるかどうかの極めて重要な取り組みです。一人でも多くの参加を呼びかけます。

 

各地の狭山23デー街頭宣伝スケジュール 

 ●大阪 11月23日(木・祝日)京橋駅 15時より16時 

 ●奈良 11月26日(日)JR奈良駅 16時より17時

9・19狭山要請行動報告

 

東京高検要請行動

 9月19日狭山要請行動が取り組まれ、茨城・東京を軸に8人が参加。

 11時からの東京高検要請行動は、片野担当検事が欠席。検察事務官・渡部と公判事務課・和田の2人が出席。

 自己紹介後、要請団を代表して山田幸助・茨城県連委員長から「毎回、検察が持つ証拠 

を全部出して欲しいと言ってきた。今回の要請内容にきちんと対応して欲しい」と訴えた。 

 その後3通の要請文を読み上げ、質疑応答が行われた。

 

要請団:万年筆のインクについて、下山博士の科学的鑑定により被害者のものではないことは明らかだ。検察は水洗いした可能性を主張しているがこんなことが許されるのか。撤回すべき。 

要請団:検察は証拠に基づいて証明すべき。村木さんへの証拠ねつ造で、検察のあり方は改革されたはず。狭山ではどうか。袴田ではどうか。警察がねつ造し検事がそれを採用してきた。インクが違うので、別のインクを補充したと言い、今度は水洗いしたと言う。勝手な推測をもてあそび、科学的根拠もない主張は許されない。

要請団:袴田事件では5点の衣類の写真ネガについて、ずっとないと言ってきた。再審決定がでて、改めて探したら出てきた。狭山でも見当たらないと検事は言う。無罪、有罪の証拠全てをだす、これが本来のあり方。最低、弁護団が求める証拠はだしてほしい。

要請団:証拠を確認するとき、検事に事務官が手助けするのか。

渡 部:事務官が一緒についていく。

要請団:検察官をテーマにしたのテレビドラマで、検事は事務官に言われ「あ、そうか」というシーンがあった。事務官の役割は大きい。この狭山事件はおかしいことばかり。裁判所にもう一度判断を仰ごう、という意見書を出して欲しい。

要請団:カモイの木の模型を提出したい。もう一度確認して欲しい。

和 田:改めて要望をするということですか?

要請団:受け取れないのであれば、現地で直接カモイを見て欲しい。

要請団:担当検事欠席なら、ぜひ別の検事が必ず出て欲しい。

 

東京高裁前宣伝・東京高裁要請行動

<昼休みの東京高裁前での宣伝>

 大横断幕を掲げ、マイク宣伝とチラシ配付・署名活動を行い、9名の署名が集まりました。ガーシー被告の初公判でマスコミ等が集まり高裁前が一時騒然となりましたが、最後まで宣伝をやりぬきました。   

<東京高裁要請行動>

 午後3時からの要請行動は、東京高裁から小寺訟廷管理官、荒川訟廷副管理官と総務課事務官の3人が出席。

 冒頭要請団を代表し、全国連茨城県連・山田委員長があいさつ。要請文3通を読み上げ質疑応答に。

 

要請団:今、多くの署名が東京高裁に集中している。どれぐらいの数の署名か。

小 寺:ここで預かった署名は、第4刑事部に届けている。郵送された署名はわかりません。

要請団:大野裁判長の退官で、陪席裁判官も退官するのか。

小 寺:辞めるかどうかはお答えできません。

要請団:大野裁判長は、石川さんの話も聞いていない。現場も見ていない。何もせずにハイさよならは許せない。

要請団:袴田事件で東京高裁の大膳裁判長は自ら出向いて検察の味噌漬衣類の実験に立ち会い、その結果を判断し再審を決定した。大野裁判長は、昨年8月の弁護団の事実調べ請求に、責任ある仕事をしないまま退官しようとしている。許せない。

要請団:11月の三者協議で、事実調べを決定してから退官して欲しい。

2023年度 狭山事件の再審を!関西キャラバン スタート集会 報告

 10月9日、午後1時半から大阪・釜ケ崎ふるさとの家に70人が集い、「2023年度狭山事件の再審を!キャラバンスタート集会」が「狭山事件の再審を実現しよう市民のつどいin関西実行委員会」主催で開かれ、狭山大運動(略称)も参加しました。

 司会の開会あいさつ後、釜ケ崎住民の会の山中秀俊さんから、裁判をめぐる弁護人のたたかいとひとつになって私たち市民が声をあげ、東京高裁に再審開始をさせようと訴えました。

 

横田弁護士 リモートで講演 

 

 続いて、狭山事件再審弁護団の横田雄一弁護士からリモートで、「事実調べ実現へ~

事件発生から60年を振り返る」との講演がありました。

 講演は、被害者が使用していた万年筆と発見万年筆のインクの違い、弁護団として現

地調査した石川さんご家族の話や、捜査に関与した警察官や第三者の市民から聞き取りした内容、警察のデッチあげ工作に関わる話など、狭山再審弁護団ならではの具体性ある内容でした。権力の差別犯罪への怒りと狭山再審実現への思いを新たにしました。

 最後に、証拠開示された取り調べ録音テープ、腕時計、万年筆の重要性を指摘。予定を越え1時間半に及ぶ講演でした。

 その後4人の参加者が質問。特筆すべきは、3人目の質問への横田弁護士の対応です。

 質問は、弁護士の意見書はほぼ出し終え、11月に三者協議、12月には大野裁判長が退官する。今後の展開はどうなるのかとの内容。横田弁護士から、弁護団としては大野裁判長に期待できない。証人尋問は次の裁判長に委ねてしまう。新しい裁判長を迎え、鑑定人尋問を求めていくと回答。この後しばらく沈黙があり、早口で再審開始に向け努力したいと述べました。この沈黙の意味するところは想像ですが、石川さんの年齢を考え、今の大野裁判長のもとで事実調べが実現できないことへの身を切るような断腸な思いが、脳裏をよぎったのではと感じました。

 

 15分間の休憩後、「学ぶことは生きること~夜間中学統廃合に抗して」と題して、三人

の方から発言がありました。

 戦後の夜間中学は、「満州」引き揚げ者の高野さんが一人で「日本中に夜間中学をつくる」と全国行脚したことで始まったとのこと。全国で90を越える夜間中学が開校したが、 

次々とつぶされてきた。その後法的整備があり夜間中学は増え続けてきたが、大阪市で

は逆行して現在3校のみ。現在、市から統廃合の名の下に、天王寺と文の里の夜間中学を

実質的廃校とする攻撃がかけられており、夜間中学存続への固い決意が述べられた。

  

 夜間中学は 私たちの命

 「第2の石川さんをつくりだしてはならない」との呼びかけがされ、夜間中学で学んだ婦人は、「学ぶことは生きることであり、学校は私たちの『いのち』です」と切々と訴える内容は、全参加者の心に深く響きました。

 その後主催者を代表して高橋さんから、来年の第8回市民のつどいとキャラバン日程を報告。詳細は今後ホームページで明らかにするとのことです。

 各市民の会・住民の会から、「狭山再審を知ってもらう 茨木・高槻の会」をはじめ三団体がそれぞれ発言。最後に、釜が崎住民の会・山中秀俊さんの音頭で集会は締めくくられました。

 狭山再審が正念場を迎えたなかで、大阪市の夜間中学廃止攻撃とたたかう人々との結び付きをとおして、それぞれの運動が共に広がり大きく発展していく展望が開かれたと確信しました。

会報「狭山大運動」第15号(2023.9月10日号)

石川一雄さんの無実は明らかだ       

<無実の新証拠261点、50万人を越える再審要求署名>                   東京高裁第4刑事部 大野勝則裁判長は12月退官前に鑑定人尋問を決定せよ

 10・31 全ての力を一つにして東京高裁前へ

 

お昼の高裁前での訴え行動に続き、要請行動へ。「大野裁判長は事実調べをおこなえ!」「再審を開始せよ!」と声をそろえて訴える。(6月23日)

 

7・17「狭山事件の再審を実現する関西集会」は、会場を埋め尽くす130名が参加。

この秋の狭山要請行動スケジュール

●9月19日(火)東京高裁前 集合時間 12時

●10月31日(火)東京高裁前 集合時間 12時

 今秋の取り組みは、東京高裁第4刑事部・大野勝則裁判長の12月退官を目前にして、事

実調べ=鑑定人尋問・東京高裁自身による万年筆インクの鑑定を実現させるかどうかの極

めて重要な取り組みです。一人でも多くの参加を呼びかけます。

連載5

 狭山大運動(略称)会員の方々の第3次再審勝利にかけた思い

 

大阪・高槻市 M・Yさん  

 1969年に私が教員になって、茨木市の道祖本(さいのもと)の被差別部落のある学校に

赴任しました。丁度その頃、解放運動が盛り上がっていた時期で、狭山も同和研修で知り

ました。出身は岐阜ですが、大阪に来て初めて部落問題に直面し、狭山の話を聞いて、お

かしなことがあるもんだなというのが、最初の感想でした。

 赴任した学校は共産党の力が強かったので、部落問題のとらえ方をめぐりけんけんがく

がくやってました。その過程で、地域のなかに入ろうとなり、地域の教育を守る会の話し

合いに参加して部落問題と関わり、狭山闘争にも参加しました。

 子供達に狭山の話をすると、差別についての地域の子の反応は鋭く、感性がすごいと感

じました。地域に入る中で親しくなった子供の親と一緒に、狭山集会にも参加しました。

これが、私の狭山との出会いです。その後、寺尾判決を目前にした東京での大規模な集会

にも参加しました。

 私の運動との関わりの原点には、いつも狭山がありました。でも私も退職して何年もた

ち、地域とのつながりも切れ、日常での狭山の話が出ないなかで運動に関われない時期も

ありました。

 

 置かれた状況の厳しさにふれ

 

 10年くらい前、石川さんが集会に来られると聞き、部落解放同盟兵庫県連の集会に参加

しました。石川一雄さんの話が聞けて、涙が出るほど嬉しかった。仮出獄で出てきた石川

さんが、ものすごい緊張感をもち一日一日を過ごしている話は、改めて置かれた状況の厳

しさを感じました。石川さんは電車やバスに乗っても、何があるかわからないから座った

ことがない。毎日、体だけは鍛えているんだとおっしゃったのは、すごく印象的でした。

仮出獄は自由の身ではないし、無罪で釈放されたわけではないので、緊張感をもって生活

する石川さんの大変さを思うと、再審無罪を絶対勝ちとらねばと改めて思いました。

 狭山意見広告の賛同人となりました。意見広告は沖縄とかいろいろあるので、効果があ

るのかちょっと疑問でした。去年の5月8日の毎日新聞朝刊に載った、カラーでの見開き

2ページの意見広告の反応がものすごかったとの話を聞き、やってよかったと思いました

 7月17日の「狭山事件の再審を実現する関西集会」に参加しました。大きな横断幕がす

ごく印象的でしたが、石川さんのメッセージがなかったのは残念でした。狭山現地調査の

ビデオと報告を聞き、昔を思い出しました。差別裁判打ち砕こうの歌を歌って欲しかった

 何としても再審を実現し、石川さんの無罪を勝ちとりたいと思います。

 

大阪・高槻市 荻野 敏紀さん

 私が狭山を取り組むようになったのは、1978年に大学に入学し解放研に入って、狭

山のビラまきなどをするようになってから。それまでは、知人に狭山の話を聞いたり、狭

山の本を薦められたりしても、「そんなことあらへん。一方的な話を聞いているだけや」

という対応だった。

 解放研の活動で、地域の被差別部落での取り組みをした際、おじいさんから自分の息子

のように思われ感動したことを覚えている。地域での狭山の同盟登校や同盟休校にも解放

研で参加した。大学には、セクトの人たちはいなかったが、地元の地域での取り組みをし

ないで、狭山の集会だけ参加することに疑問を感じた。

 第3次再審で、石川さんに対する権力犯罪を糾し無実をかちとるため、すべての人たち

が関心をもって一緒にたたかってほしい。私は今、あまり運動していないからどうこう言

いづらいけど。会報に載っていた大運動の会員の人たちの記事を読んで、胸を熱くした。

ブランクがあって、またがんばろうという人たちの思いは、自分の立場にしっくりくる。

ずっと活動してきた人より信頼できると感じる。

 若いときと違って地域も変わってきた。差別的な対応をする人たちがいる。銭湯で、「

何であんな奴入れるんや」と言う人がいて、こういう差別暴言を吐くことに、何もできな

い自分が情けないと感じる。

 狭山の運動をめぐり、幅広くという意見はけっこうある。幅広ければ、どんなでもいい

のかなと疑問を感じる。私は、本当にやる気のある人たちを結集するのが狭山だと思って

いる。自分自身反発もあるが、その考え方が他者を排除する考え方になってしまい毒され

ているのかと思う。

 

 石川さんの顔に長い年月の苦闘

 

 石川さんが手錠をかけられ、デッチあげ逮捕されたときの写真と、意見広告に載った今

の写真を見比べると、長い年月が経ったことを感じる。自分が狭山の運動から離れていた

年月も感じた。意見広告の石川さんの写真は、ものすごい迫力があった。あれだけ大きな

写真で意見広告を掲載したことで、すごいやる気を感じました。

8月11日、滋賀県草津駅前で、狭山再審勝利を訴える市民の会の83回目の毎月の街頭宣伝が取り組まれた。

7・17狭山事件の再審を実現する関西集会主な発言内容(抜粋)

大阪・茨木市議 

山下 けいきさん

 

 鹿児島の人間で、部落差別や石川さんのことは何も知りませんでしたが。71年に狭山の街頭宣伝と出会い、署名活動などしました。

 鹿児島でも、1979年大崎町事件が6月に再審棄却され、2003年の県議選のえん罪事件もありました。鹿児島だけでもこれですから全国には山ほどあるだろうなと思います。

 今の権力のやりたい放題、無実であるとわかっていても自分たちの権力を維持しようとする不正は許されない。

 私たちは「狭山事件を知ってもらう会」で、毎月第3水曜、茨木と高槻で街宣行動をやっています。あさっても第3水曜日ですのでやります。

 石川さんも84歳になる、生きてる間に無実を勝ち取り喜び合える日を迎えられるようが

んばって行きたい。

部落解放同盟全国連青年部 大橋 ひかりさん

 

 私は31年前に生まれ、幼いときから狭山闘争を闘ってきました。保育園に通っていた頃はゼッケンをつけて登園したり、三条通から猿沢池までゼッケンマラソンをしたりしたこともありました。

 今年の5月21日、22日狭山現地調査と検察要請行動を行いました。全国から23名の参加となりました。再現された鴨居を実際に見て、証拠とされている万年筆がねつ造であることを確信しました。インクについて下山第2鑑定が出されていますが、裁判所は下山鑑定人を法廷に呼んで尋問を行うべきです。

 翌日東京に出て検査庁の要請行動、一審差別論告の取り消しなど約40分間の要請行動を終了しました。最後に裁判所前で街宣を行い20筆の署名を集めました。石川さんの完全無罪を勝ち取りましょう。

会報「狭山大運動」第14号(2023.8月10日号)

狭山再審へ7・17関西集会ー25要請行動をやりぬき今秋、東京高裁前を人波で埋め尽くそう

7・17狭山事件の再審を実現する関西集会

会場のエル大阪を埋め尽くす130名を超える人たちが参加し、今秋の狭山再審実現をめぐる最大の正念場への決起を誓った。

 

 

7・25狭山要請行動

東京高裁前に再び大横断幕が掲げられ、通行する市民の注目を集めた。

お知らせ

1、この秋、狭山第3次再審をめぐる攻防は最大の正念場を迎えます。

2、狭山大運動(略称)は、東京高検、東京高裁との攻防の最大の焦点の一つとして狭山要 請行動を重視し、10・ 31を中心として取り組みます。 一人でも多くの参加を訴えます。

3、 要請行動スケジュールは昨今の情勢をふまえ検討中であり、次号の会報でお知らせします。

7・17狭山事件の再審を実現する関西集会主な発言内容(抜粋)

狭山大運動(略称)共同代表 

長谷川 直彦弁護士

 

 再審の規定は刑事訴訟法435条から460条まで。戦後の新憲法と共に刑事訴訟法も大転換しましたが、再審は変わりないです。お上は間違えないから再審などないという発想です。

 再審の規定は裁判官の裁量次第で、迅速な裁判、公平な裁判もありません。再審の請求人は限られます。筆頭の再審請求人は検察官。2番目が当事者本人。3番目が本人が心神喪失した場合の法定代理人、補佐人。袴田さんの場合本人が心神喪失とのことでお姉さんがしている。4番目は本人死亡の場合、配偶者と直系親族、兄弟姉妹です。2、3、4番目がいなければ検察官に頼むしかない。

 再審の本質の一つは冤罪の当事者本人の人権回復。もう一つは、権力による裁判の威信の回復です。昔、東電OL殺人事件がありネパール人Aさんが犯人とされました。調べていくと、被害者の中から第三者のDNAが発見されました。第三者が現場にいたので、A=犯人説は明らかに間違いです。1回裁判で決まったからとごり押ししたら裁判の威信が傷つく、だから再審をする。日本の再審法は、権力による裁判の威信の回復が中心としか思えません。なぜ再審の筆頭請求人が検察官なのかよくわかります。

 裁判では公平な裁判の保証として、この裁判官はこの事件にふさわしくないと裁判官を交代させる忌避の制度がありますが、再審にはありません。

 裁判長次第で事件放置も十分可能です。再審に期限はありません。退官間近の場合、自分で決定せず退官する裁判長や、記録読むのに時間がかかると先延ばしする、ひどいのは当事者が死ぬのを待つ、これも法制度上許されてる。

 さらに検察官の抗告権。裁判長が再審を認めても、検察官の抗告により延々と裁判が続きます。袴田さんの一審での再審決定は2014年、再審開始が確定したのは今年。実に9年間も検察官の抗告で失われた。

 証拠開示も規定がない。一審での裁判手続きは一定範囲の証拠開示が認められていますが、再審ではありません。幸い狭山の第3次再審では191点証拠開示されました。

 再審法を何としても変えなければなりません。それを実現するのは、われわれの運動の力です。これからも狭山再審の実現に向け頑張りましょう。

呼びかけ人あいさつ

元木川南小学校校長 

久保 敬さん

 

 2021年、当時の松井大阪市長が学校現場を無視してオンライン授業を強行しようとした際、反対する提言書を市長と教育長宛てに送りました。そしたら文書訓告処分を受けました。その理由は、僕がSNSで独自の意見を主張し、教育委員会と先生たちをないがしろにしたことが、公務員としての信用失墜行為だというのです。

 処分の取り下げを求めました。教育委員会は懲戒処分ではなく行政措置で、実質的な不利益はないので取り下げ対象ではないと説明され、それでそのままだったんです。

 ところが僕の提言書を海外の教育研究者が注目し、4回ほど海外の方とズームでオンラインセミナーをやりました。21カ国から参加しドイツとキューバの先生から、「懲戒処分をうけながら、取り下げの権利がないのはおかしい」「公務員でも自分の意見主張が保証されないのは人権蹂躙だ。先生も闘うべき」と激励をいただきました。その後22年1月に教育委員会に処分取り下げを申し入れ、23年2月には大阪弁護士会に申し立てをしました。

 僕は1985年に大阪市の教員になりました。最初の勤務地は同和教育推進校で、初めて5年生を担任しました。その時狭山事件はあまり知らなかったんです。5月の23デーにむけ必死になり一夜漬けで勉強しました。ところが生徒たちの方がよく知ってて、いろいろ教えてもらいました。秋には狭山現地調査に行って石川さんの家も見せていただき、カモイの万年筆の話など、大いに勉強させてもらいました。その学校で8年間部落の子供達と一緒にたたかったことを今も思い出します。

 こういう集会や運動に参加した市民が声をあげ大きな世論をつくり、世の中を変えていく。僕もその一人になっていきたいと思います。

「狭山事件と部落差別」 

狭山大運動(略称)共同代表 

部落史研究家 本田豊さん

 

 全国6000部落と言われてますが、私はそのうち4500ぐらいの部落を歩いてます。

 信号の下に、ここは何々と地名を書いたプレートが下がっているのを見たことありませんか。あれは、その地域の水平社の人たちが、「これは私たちに対する差別語だ」と糾弾した、その差別語がそのまま残されて使われてたんです。100年も前のですよ。やっと直ったのが9年前です。

 全国水平社結成後、それぞれの地域で支部が作られ、「我々に対して、部落民だけ通用する俗称を言ったときは糾弾する」という主張が新聞記事に載っていたのを見つけ、そのコピー持って人権擁護委員会で、「こういうのがあるけど、どうするのか」と問題提起しました。人権相談の場でも、「1年、2年経っても直らないから、ここの地域は差別地域だ。差別行政してるところだ」と何度も訴えました。県の人権推進課へも行きました。そこで道路地図を広げ、「この地名が部落差別なんだから早く直してくれ。一日も早く消してくれ」と何度も要求しました。

 今でもあるんじゃないですか。信号の下のプレートに書かれた地名に、部落差別を示す俗称が書かれているのが。例えば石川さんのところだと、「菅原町4丁目」とか、「踏切の向こう」とか。石川さんは差別語が平気で語られる中で育ってきた。「菅4(すがよん)」と差別され、「菅4」という表記が信号の下にそのままついてたってことなんです。

 去年の毎日新聞に2ページにわたり掲載された狭山の意見広告。あれはものすごく効果がありました。われわれの意見広告は、山椒は小粒でぴりりと辛かったんですよ。こういう運動を、これからも続けていくために、みなさんと一緒に知恵を絞らなければと思っています。

 

「袴田事件の教訓」

袴田事件弁護団 

村﨑 修 弁護士

 

 私は狭山事件にあまり詳しくありませんが、警察・検察、裁判所のひどさ、悪質さは例を見ないほどだと感じました。「この差別裁判を許すな」という本を読みました。石川一雄さんが、警察に脅されながら「自白」に追い込まれていく過程がリアルに伝わってきます。

 袴田事件はご存じの通り、検察は再審裁判で有罪立証すると主張しました。検察官の冒頭陳述内容もこの間の焼き直しです。再審決定で否定され、ねつ造の可能性まで指摘された証拠を補充捜査したと言ってますが、その証拠をめぐり再審が決定されたのに、どうし

て補充捜査ができるでしょうか。検察の暴挙は絶対に許せません。これを打ち破るのは世論の力です。世論を喚起し大きな力とするために、一つ一つの論点を新聞・テレビで公表し、皆さん方に提示し判断していただきます。

 

 狭山事件は袴田事件と同様無実は明白です。部落差別により、石川さんを犯人にするためすべての証拠をねつ造した。

 今の政治がこれほど司法に干渉している時はないと思います。現状を変えるのは世論の力、運動の力です。狭山事件では運動はありますが、残念なことに共産党、国民救援会は参加していません。そこが袴田事件との違いです。ぜひ共産党、国民救援会の方々と共に、運動を統一して下さい。  

 私は袴田事件の再審決定後、東京高検の特別抗告を阻止する行動を行いました。5日間東京高検の検事長に、特別抗告したら告訴することを訴え続けました。今の検察、裁判所の横暴を許さず、自由のためにともにたたかいましょう。

7/17集会 参加者アンケート

●大阪・西成区Yさん

とても良い集会でした。行動提起も明確で、尾上さん、青年部も良かった。休憩がないのがつらかった。

●大阪・浪速区Hさん

長谷川弁護士の発言がよかった。様々な狭山集会に参加してきたが、こういう内容を聞くのは初めて。集会のあとに、ぜひデモを。

●大阪・和泉市Hさん

ぜひ一緒に頑張りたいので、できることがあれば連絡ください。

●豊橋市Mさん

まだまだ狭山事件が周知されていない。国会議員の協力を。

●Kさん

なぜDNA鑑定を行わないのですか。

●Aさん

日程を早く知らせて。1ヶ月前には。 解放同盟、国民救援会との共闘を検討しては。

●兵庫・三木市Nさん

石川さんのビデオがなかったのはホンマ残念。関西から東京に思いを新たにして良かった。

●大阪・交野市Dさん

狭山の活動が続いているのを知らなかった。社民党でビラを受け取り参加した。労組の協力、繋がりが必要。

●Bさん

途中休憩を入れてほしかった。

●Cさん

久しぶりに弁護士の話を聞いて、本当に、改めて日本の現実に打ちのめされる思いと逆にナニクソと思った。元校長の話もじかに聞けて良かった。日共・国民救援会のことは、狭山から逃げ敵対したのは向こうではないかと思った。DVDを見て、現地調査をマンガや写真を使ってパンフにできないか と思った。

●大阪・豊中市Tさん

多方面の人からの発言を聞くことができた。話が続いて少し疲れた。みんなで歌える歌を歌いたい。誰かつくって。ビラまき、署名、ハガキ、私のできる限りのことをします。

●東大阪市Nさん

 人民新聞関西版のWEBスケジュールで知った。レイバーネット、関西共同行動にも出ていなかった。運動の分断か。

●Dさん

長谷川弁護士、村﨑弁護士も言われた「司法を糾すのは国民の運動」に賛同です。山下さんの言われた街宣、本田さんの言われた新聞広告も大事。

●Tさん

石川さんが自白した状況について、改めて詳しい話が聞きたい。

会報「狭山大運動」第13号(2023.7月10日号) 1面

停滞・逆流を突き破る狭山大攻勢はじまる

 6月23日、東京高裁前に巨大な横断幕があがった。全国から集まった人々は、路上に座

り込んだ。道行く人々は、ことごとく巨大幕を衝撃をもって眺め、座り込みに注目した。

 午前には東京高検、午後には東京高裁に対して、全国各地から火の出るような要請文が

たたきつけられた。ここに狭山大攻勢の開始が、雷鳴の如く宣言された。

 この道を突き進もう。この7月、7・17狭山再審を実現する関西集会を成功させ、7・

25狭山要請行動へ、再び決起しよう。84歳、石川一雄さんの命運はここにかかっている。

写真①東京高裁前に掲げられた、狭山再審を訴える大横断幕。通りかかる市民の誰もが大横断幕に関心を寄せた。向かい側(写真右側)は、全国から集まった人々の座り込み。

当面の取り組み

「狭山事件の再審を実現する717関西集会」

717日(月・祝日)午後130分より

エル大阪 6F 大会議室(大阪・天満橋駅から徒歩10分)

主催:狭山事件の再審を実現する大運動

ー主なプログラムー

・よびかけ人あいさつ

・狭山現地調査のビデオ

・狭山大運動(略称)共同代表・長谷川直彦弁護士からの訴え

・東京高裁要請行動の報告

・「袴田事件」弁護団・村﨑修弁護士からビデオ・メッセージ

 「袴田再審の教訓」

・部落史研究家・本田豊さんのお話し

 「狭山事件と部落差別」

・自由発言

・行動提起

・団結ガンバロー 

7,17集会 呼びかけ人(50音順)

久保  敬 (元大阪市立木川南小学校長)

鶴丸  春吉(社民党寝屋川支部長)

長谷川 直彦(弁護士)

本田  豊 (部落史研究家)

松平  要 (東大阪市議)

宮川 謙二 (東大阪アゲインストの会)

 

●毎月の狭山要請行動

7月25日(火) 集合時間 12時東京高裁正門前

 8月以降の狭山要請行動は、現在の狭山再審情勢をめぐる議論をふまえ、改めて決定します。


会報「狭山大運動」第13号(2023.7月10日号) 2面

狭山大攻勢の開始を告げた  6・23要請行動

写真②大横断幕に思わず立ち止まって見入る市民

写真③狭山大運動(略称)共同代表・長谷川直彦弁護士の訴え

写真④袴田事件弁護団・村﨑修弁護士は、袴田再審実現の教訓を訴えた

写真⑤東京高裁前での座り込み

 

6・23狭山要請行動報告

 

<東京高検要請行動>

 11時からの高検要請行動は、東京高検から片野担当検事をはじめ、渡部検察事務官、清

水検察事務官の3名が出席。要請団は21名が参加(1名は介助者)。今回から要請団の参加

枠は20名になった。

 要請団あいさつの後、各地からの要請文9通が読み上げられた。その後、口頭での要請が

片野検事との間で行われた。

 

要請団:事実調べをなぜ必要ないというのか。一審検事論告を読んだのか。

 

片 野:検事論告は読んだ。この場に持ってきている。

 

要請団:前回、要請文に添付してカモイの模型を提出したいとの申し入れをしたが、大き

すぎるとの理由で受け取りを拒否された。そのため紙製カモイの模型をここに持ってた。(片野担当検事の前で、作成した紙のカモイの模型に万年筆を置き) 万年筆が見えますか。

 

片 野:見えますね。(片野検事の発言に、要請団全員がざわつく) 弁護士を通して三者協議の場で、証拠添付書類に添付して出してもらえば、私も見ることができるんですけどね。

 

要請団:石川さん宅の家宅捜索には、関東周辺の偉いさんも来て2回も行い、万年筆は見つからなかった。3回目で見つかったというが、こんなことが出来るのか。

 

片 野:違法ではない。

 

要請団:一審検事論告の差別性についてどう思うか。

 

片 野:そういう風に考えている人がいるのは理解できます。しかし、部落差別とははっきり書いてない。

 

要請団:同対審答申も読んで欲しい。

 

片 野:読みました。

 

要請団:一審検事論告には部落差別と書いてないというが、部落のおかれた現実が犯罪の温床であると言っており、書いてある意味をしっかり考える必要があると思うが。

 

片 野:私は要請を受ける立場であり、意見を言う立場にない。

 

 以上、東京高検要請行動は11時45分に終了。

 

<東京高裁要請行動>

 14時30分からの東京高裁要請行動は、要請団21名(1名は介助者)が参加。高裁からは

、小寺訟廷管理官、荒川訟廷副管理監、総務課西田の3人が出席。

 

小 寺:30分メドにお願いします。

 

要請団:時間について言う前に、まず要請文を聞きなさい。今回は必死の思いで全国から集まって来ている。

 

小 寺:30分でお願いします。

 

その後、8通の要請文が読み上げられ、口頭での要請が行われた。

 

要請団:狭山だけ事実調べが行われていないのは部落差別だ。万年筆が「発見された」というカモイは、捜査官が10数名で2時間以上かけ2回家宅捜索して発見されなかった。ところが3度目ですぐ見つかった。おかしい。カモイは現場検証すれば、すぐ目に付くところだとすぐわかる。現場検証をやって確かめるべき。

 

要請団:一度も事実調べをしていないことが問題。きちんと現場検証をおこなうよう大野裁判長に伝えて。

 

 以上、東京高裁要請行動は15時23分に終了。

7・17狭山再審を実現する関西集会                6・25第2回実行委員会を開催

写真⑥活発な議論が交わされた

「7・17狭山再審を実現する関西集会」にむけた、第2回実行委員会が6月25日に東大阪・

荒本で開かれ、大阪・兵庫各地から10人が参加、活発な意見がかわされました。。

 司会からこの間の取り組みの報告に続き、寝屋川の鶴丸さんから、「『狭山大運動』な

のだから、もっと大きく組織化していく必要がある。労組や各政党へもどしどし声をかけ

、東大阪をはじめ大学など、学生の組織化にも取り組む必要がある。それぞれの組織内の

取り組みだけでなく、それ以外の広がりをもっと作り出そう」と訴えた。

 奈良の北浦さん、兵庫の板倉さんから、この間の取り組みの進捗状況の報告が行われた

。その後集会企画、動員目標を確認。6・23要請行動で開始された狭山大攻勢をひきつぎ

、関西集会の大成功を勝ちとる決意を固めました。

 

写真⑦鶴丸春吉さん

 

社民党 大阪・寝屋川支部長 鶴丸 春吉さん

「関西狭山実行委に3年前から関わり、身内の運動から大きく広げた運動をつくりだしたいと感じている。

 部落解放運動を本当に広げていくために、いろんな人や団体と接触していくことが必要と思う。狭山は戦後最大のえん罪事件であり差別事件だ。遠慮する必要などない。いろんな所に訴えて広げていこう。


会報「狭山大運動」第12号            (2023年.6月10日号)1面

6・23全国から東京高裁前に総結集しよう

6月23日(金)正午 東京高裁正門前

 東京高裁前宣伝・座り込み、東京高裁要請行動

当面する取り組みスケジュール

■6月23日(金)正午 東京高裁正門前

■7月17日(月・祝日) 午後1時 「狭山事件の再審を実現する7・17関西集会」

     会場:エル大阪 6階 大会議室

     主催:狭山事件の再審を実現する大運動

     エル大阪(大阪府立労働センター)へは、天満橋駅(京阪本線)11番出口から 

     徒歩4分、北浜駅(京阪本線)28番出口から徒歩7分が便利です。

●毎月の狭山要請行動

 7月25日(金) 集合時間 12時東京高裁正門前

※以下のスケジュールは、1ヶ月以上先は東京高裁、東京高検とも日程調整ができないた    め、予定となります。

   8月23日(水) 集合時間 12時東京高裁正門前

   9月26日(火) 集合時間 12時東京高裁正門前

 10月23日(月) 集合時間 12時東京高裁正門前

    11月22日(水) 集合時間 12時東京高裁正門前

 

写真①

東京高裁前で、再審開始を訴える青年(5・22狭山要請行動)

 

 

写真②

 

次々と署名に応じる市民

(5・22東京高裁前宣伝)


会報「狭山大運動」第12号(2023.6月10日号)2面

5・21狭山現地調査報告

 昨年に引き続き、狭山現地調査を行いました。

今回は青年を中心に、茨城10人、長野5人、大阪5人、奈良3人、東京2人、中四国2人の27名が参加し、ウソの「自白」コースを歩きました。

 最後に狭山現地事務所(旧石川さん宅)に向かい、カモイの万年筆を見学。その後富士見集会所に移動し、感想・報告集会を行いました。

写真③

狭山市駅に集合

 

 

写真④

荒神様から「出会い地点」のX字型十字路へ

 

  

写真⑤

話しかける男性                                                                                                                                                                                                                                                                                                                 

 

農作業中の男性が話しかけ

 カバン等の「発見現場」付近の溝(現在は水路)にむかって歩いて行く調査団に、農作業をしていた高齢男性が話しかけてきました。

 男性は「前に石川一雄さんも(現地調査に)来たことがあり、狭山事件の話を聞いている」「こんなひどい裁判、いい加減にしてほしい」と怒ってました。

 突然のサプライズに参加者一同、驚くと同時に感動!!

 

写真⑥

「死体運搬」はありえない

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

死体運搬実験 200mはムリ

 「殺害現場」とされている雑木林跡地での死体運搬実験。被害者の体重は54キロ。力自慢の青年の協力をえて「死体運搬実験」を行いました。

 「死体」を持ち上げ、前にかかげて歩き出して10メートルも歩かないうちに、「もうこれ以上はムリ」と青年はネをあげてしまいました。

写真⑦

カモイの万年筆が見える

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カモイの万年筆は 背の低い人も見える

 参加者は、4班に分かれてお勝手入口のカモイの万年筆を見学。参加者すべてが一目でカモイの万年筆を確認。長野から参加した背の低い小学生も「カモイの万年筆が見えた」と父親に報告。

 確定判決では、カモイは「背の低い人には見えにくく、人目につきやすいところであるとは認められない」とされ、その後「捜査官の目にとまる場所ともいえず」「目につきにくく、見落としやすい箇所」「さっと見ただけでは万年筆の存在が分かるような場所とは必ずしも言えず」と言い方を変え、2回の家宅捜索で万年筆を発見できなかったのは、捜査官の見落としによるものとしています。

 実際の石川さん宅への家宅捜索は、1回目は石川さん逮捕当日の5月23日に捜査員12名で2時間17分かけ、2回目は6月18日に捜査員14名で2時間8分かけて行われました。その様子は懐中電灯で照らしながら、室内はもちろん、床下、天井裏の隅々を調べ、さらに屋根の上、家の周辺で盛り上がっているところを掘り返すなど徹底した捜索でした。

 カモイは、高さ175・9センチ、奧行わずか8・5センチしかありません。当時の家宅捜索を行った元刑事は、背が低かったので台を使って上を調べ、カモイに手を入れて探したが万年筆は見つからなかったと述べています。1回目の家宅捜索の際、警察が撮影した写真にもカモイの前に脚立が写っているのがはっきり見えます。2時間以上かけた2回の徹底した家宅捜索でも、万年筆は発見できませんでした。万年筆はカモイになかったと言わざるをえません。

 石川さんのウソの「自白」にあわせて、警察官が3回目の家宅捜索以前にカモイに万年筆を置き、証拠をねつ造したとしか考えられません。

 

写真⑧

石川さん夫妻に寄書を書く子供

 

 

写真⑨

富士見集会所での感想会

狭山の原点を再認識し 再審勝利への誓い新たに

 参加者のなかには、初めて狭山現地調査に参加したという小学生や青年もおり、だいぶ昔に現地調査に参加して、今回は久しぶりに参加した青年もおり、大昔に現地調査に参加したときは、まだ事件当時の風景が残っていたと話す婦人もいた。年代も10代から70代と幅広く、狭山への関わりも、最近から数十年に及ぶ人達が参加した今回の現地調査。

 報告集会では、狭山現地調査に参加しての感想・思いが語られました。一人一人の参加者の感想・思いは、狭山現地調査に参加することで追体験した、何も知らない石川さんを家族の情につけこみウソの「自白」に追い込み、「犯人」にデッチあげた警察のやり方と、その背後に貫かれた部落差別への人間としての怒りであり、この理不尽をなんとしても正さずにはおかないという強い意思がほとばしっていることでした。

 それぞれが、狭山差別裁判とたたかうことの原点を再確認する場であったと思います。

狭山第3次再審闘争の決着の時が迫る中、改めてこの狭山大運動をさらに多くの人に

訴え、会員になっていただき、力ある運動体へと発展させていく責任が、私たち一人一人

の双肩にかかっていると改めて実感しました。

5・22狭山要請行動報告

 前日の狭山現地調査に参加した青年部中心の6人をはじめ13人が参加。

 東京高検要請行動と東京高裁前宣伝を行いました。

 なお、東京高裁要請行動は東京高裁側の都合がつかず今回は中止となりました。

 

11時から東京高検要請行動

 この4月に担当検事となった片野検事は欠席。代わりに片野検事の担当に併せて前回から要請行動に出席した渡部検察事務官、前任の乙部検事のもとで、要請行動に出席していた公判事務課の和田が出席。

 コロナ禍でとられていた要請団の10人の参加制限を解除し、以前の20人に戻すとのことです。

 4通の要請文が読み上げられ、その後口頭での要請をおこなった。

 片野担当検事の欠席の理由は、「所用で。別の用事があって欠席した。」とのこと。  

 要請団からの質問に対しては、渡部は「お答できません」一辺倒。

 要請文に添付して、カモイの木製模型の提出を予定しているので、検討を要望。さらに

要請文に添付して、「狭山大運動」会報第11号(5月号)を提出した。

 

12時から東京高裁前宣伝活動

 今回の東京高裁前宣伝活動では、わずか1時間の間に署名していただいた数が31筆と久しぶりに多く集まりました。

 さらに署名をされた方から、東京高裁大野勝則裁判長宛の要請ハガキ5枚を依頼されました。(後日送付済み)

 署名に協力する人たちは昨年の11月以来の多さで、宣伝時間中、高裁前歩道のいたるところで、署名に応じる人の列が途絶えることはありませんでした。なかでも、午後から予定されていた、砂川事件裁判を傍聴しようと集まった人たちの多くの方が、署名に協力していただきました。

 狭山第3次再審をめぐる正念場に際し、1筆でも多くの署名を東京高裁に届け、再審実現へ頑張りましょう。


会報「狭山大運動」第11号 (2023.5月10日号)1面

<4・25狭山要請行動報告>

 

■東京高検要請行動

―断じて許すことはできない、引き延ばしのための担当検事の交代

 

東京高検はこの4月、担当検事を乙部検事から片野検事に交代させた。同席の2人も交代し、これまでと一新した体制をもって要請行動に臨んできた。やりとりは以下のとおり。

 

片野検事:4月に交代して担当検事になった。ただ(狭山事件は)単純ではないのでからの引き継ぎの途中である。

 

要 請 団:前提として、膨大な記録があると思うが引き継がれたのか。

 

片野検事:まだ始まったばかり。

 

要 請 団:第3次再審が大詰めを迎え、今年中にも鑑定人尋問についての決定がだされるという状況下で、担当検事の交代に驚いている。記録を読むとか影響があるのか。

 

片野検事:お答えできません。

 

要 請 団:話せる範囲できちんと答えて欲しい。

 

片野検事:おっしゃることはわかります。私の方から意見はありません。

 

要 請 団:以前の担当検事が、狭山事件の証拠は2~3mあると言っていたが。

 

片野検事:そんなにはない。交代したばかりで、まだ書類は全部見ていない。

 

要 請 団:弁護側にたいする検察側の意見書提出が遅れている。5月末に法医学関係の意見書がだされると聞いているが。

 

片野検事:検察意見書の提出が遅れているのは承知している。今の段階で絶対に約束を守るとは言えない、努力しますけど。

 

要 請 団:引き延ばしは絶対やめてほしい。石川さん逮捕から60年経ってる。大阪地検特捜部主任検事による、証拠改ざん事件発覚後10年の節目に、当時の林真琴検事総長のインタビュー記事(※)が、2020年9月24日の朝日新聞デジタル版に掲載されている。林検事総長発言をどう思うか。

 

片野検事:胸にじくじたる思いがあります。

 

要 請 団:下山鑑定について、検察はインクの鑑定は必要ないといってきたが、新たに担当検事になってどうするのか。

 

片野検事:お答えしません。

 

要 請 団:引き継ぎに時間がかかるのか。

 

片野検事:ロスがないように頑張りたい。担当検事の異動で遅れることがないよう努力

する。

 

要 請 団:大野裁判長の12月退官が迫る中、担当検事をなぜ断らないのか。

 

片野検事:お答えできない。

 

要 請 団:狭山事件について知っているか。

 

片野検事:一般論として知っている。だいぶ前に。

 

要 請 団:東京高裁前で石川さんがマイクで訴えるのを見たことあるか。

 

片野検事:見たことある。

 

※2020年9月24日の朝日新聞に掲載

林真琴検事総長へのインタビューの発言要旨

 郵便料金不正事件に絡んで、被告人の無実を明らかにする客観証拠であるFDを故意に改ざんした件に、「開いた口がふさがりません」「今回のことは検察庁という組織に存する根深い問題点がこのような形で露見したに過ぎない」「公益の代表者たる検察官が被告人の無実を明らかにする証拠を隠して有罪立証に奔走するという事案は、郵便料金不正事件だけではない」「検察組織が抜本的に生まれ変わるほどの組織的改革が必要」「権力は腐敗することを念頭に置きつつ必要な法制度の整備(例えば、証拠開示制度の充実、取調の可視化など)を進める必要がある」と述べた。

 

 

■東京高裁前街宣

 強風下で人通りも少なかったが、1時間マイク宣伝と署名活動を行った。

 

■東京高裁要請行動

 東京高裁も新たな体制での要請受け入れとなった。これまで副訟廷管理官として立ち会ってきた小寺氏が訟廷管理官に昇格して責任者となり、新たに荒川副訟廷管理官が参加、経理課西田はこれまでと変わらず。要請文読み上げは3通。その後口頭での要請を行った。

 

4・25狭山要請行動

写真①東京高裁大野裁判長は、鑑定人尋問を行え

 

写真②東京高裁前で署名する市民

 

写真③東京高検は、引き延ばし策動をやめろ

各地の街宣

写真④4・23福岡・天神街宣

写真⑤4・30大阪・京橋街宣


会報「狭山大運動」第11号(2023.5月10日号)2面

連載4 狭山大運動(略称)会員の方々の第3次再審勝利にかけた思い

今回は奈良市に住む青年で、3人の兄弟のインタビュー内容を掲載します(敬称略)。

 

奈良市 前田 大志 27歳(写真中央)

    前田 光生 22歳(写真右)

    前田 世斗 21歳(写真左)

 

 

 

世斗:僕は物心ついた時から狭山の集会とかに連れていかれた。小学生友の会や中学生友の会でいろんな動画を見たり、石川さんの生い立ちを聞いたりして、事件の中身を少しずつ知るようになり、これはおかしいと思った。おかしいことはおかしいんで、検事や裁判官はもう一回きちんと調べ、石川さんの無実を認めて欲しい。

 

光正:僕も小さいときから、母親に集会などに連れて行かれて。大きくなって、石川さんが部落差別によって犯人にされていると知り、おかしいと思った。下山鑑定とか科学の力で石川さんの無実が明らかになったので、第3次再審で何とかしたい。

 

大志:私も、小さい頃から「狭山事件があって、身代金を取りに来た犯人を取り逃がして、無実の石川さんが犯人にされた」って聞いて。自分も部落に生まれ育っているし、よそ事とは思えず身近なことだと感じた。小学生友の会や中学生友の会で、地元の子らが集まり狭山の紙芝居とか見て、やっぱりおかしいなって、みんなで言ってました。余所(よそ)の人たちは狭山の話しを聞いて、おかしいと思わないのかなってずっと感じてました。部落で育った自分らは身近だからおかしいと思っても、余所の人たちは関係ないという感覚なのは残念に思う。

 

世斗:僕は小さい時から部落解放運動に関わって、狭山事件をとおして差別について学んできたけど、差別を感じてない、差別を受けてない人は、そういうことを全く分からずに育ってきている。だけど現実に差別はあるわけだから、運動との関わりの中で育つのでないとアカンのじゃないかと思います。僕はまだ21歳ですけど、石川さんは、僕の生きてきた三倍もの長い間闘い続けている。なかなかできないことだと思います。

 

光生:僕もそこは感じます。でも無実を訴え続けても、それが通らないことで精神的にもきついと思う。それでも訴え続けることはすごいし、尊敬してます。

 

大志:石川さんが無実だと立証できるなら、部落どうこうというのは 関係なく、ちゃんと平等に判断して欲しい。それが裁判だと思うんで。正しいことは正しいってちゃんと結果がでてくれれば。

 

世斗:自分が部落に住んでいるから、いろいろ差別されてきた人って、けっこういると思うんですよ。だから結婚する時に、自分が生まれ育った所とか言いたくないと考えている人たちもいると思うんです。そういう人たちにとって、石川さんが闘っている姿や、狭山の再審で無罪を勝ちとることで、自信をもって堂々と自分はここで育ってきたと言えると思うんで。狭山の勝利が、若い人たちにもつながっていくと思います。今はSNSとかですぐ情報が広まる世の中なんで、無罪を勝ちとったとなればすごく広まるし、その影響力はすごいと思うんで。

 

光生:石川さんと同じように、部落差別を受けている人たちがいっぱいいると思うし、そういう人たちの代表として闘ってることを、すごく実感してます。石川さんの闘う姿を知って、自分たちも結婚などで差別を受けたとき、闘える勇気をもらっていると思う。

 

大志:石川さんの60年の闘いは、気持ち的にもだいぶつらい思いがあったと思います。「お前がしゃべらないなら、兄貴をしょっぴくぞ」って、家族の情を使って脅し犯人にしようとする警察のやり方を聞いて、僕も同じ状況に置かれて「弟をパクるぞ」って言われたら、「僕がやりました」って言うと思う。何としても無罪を勝ちとりたい。でも勝利しても、石川さんはだいぶ高齢になってるじゃないですか。自由な状態で、そのあとの人生も末永く幸せに生きてほしいなと思いますね。

 

■お詫びと訂正■

前号の発行日を4月10日とすべきところ、誤って2月10日と記載し発行してしまいまし

 

た。お詫びして訂正させていただきます。

 

会報「狭山大運動」第10号  (2023.4月10日号)1面

科学による証明と運動の力こそ、再審実現の命

袴田事件弁護団 村﨑 修 弁護士

 

 今回、袴田事件の再審開始を認めた東京高裁第2刑事部大膳文夫裁判長は、審理の時から弁護団の言い分をよく聞いてくれ、判断してくれた。警察のねつ造まで踏み込んだ。上部へのそんたくとか圧力に負けず、本当に裁判官としての良心に基づいた判決文を書いてくれた。

 今回の差し戻し審では、味噌の赤みが残るかどうかが焦点だった。5点の衣類が発見さ

れたという大きな味噌樽は、当時味噌はわずかしか入ってなく、とても衣類を隠せる量で

はなかった。検察の実験は逆に味噌の赤みが残るという結果となった。

 第2次再審請求は、2014年3月に静岡地裁(村山浩昭裁判長)で再審開始決定がだ

された。しかし検察が抗告し、東京高裁大島隆明裁判長は、弁護団提出の新たな証拠をき

ちんと吟味せず再審を棄却した。その後最高裁が審理を東京高裁に差し戻し、今回の再審

決定につながった。再審開始決定後の9年間が無駄になった。検察が特別抗告を断念した

のは、多くの支援者が東京高裁前での度重なる抗議の運動などにより、世論を喚起した力

が大きい。

 今後、静岡地裁での再審裁判が始まる。私は弁護団の少数派意見かもしれないが、再審

裁判でも立証責任は、検察側にあるとの立場だ。憲法第31条の精神を踏まえれば、弁護

側が無罪の立証を行なわなければならないとの意見はおかしいと考えている。

 狭山では下山鑑定など、科学の力で無実を明らかにした新証拠が提出された。必ず正義

が勝ちます。粘り強くやれば道は開けます。袴田事件の再審開始はそのことを示した。弁

護団の科学による証明とそれを支える運動の力が命です。みんなの力で、狭山も再審を実

現しましょう。

※村﨑修弁護士とは、狭山要請行動の東京高裁前でお会いしました。ご本人の了解を得て

 

、後日電話にて取材した内容の要約を掲載させていただきます。

 

3.23狭山要請行動

 

 高検要請行動は、乙部検事が欠席。東京高裁要請行動は、「用事が入っているので、30分の時間厳守で」となり、それぞれ4通の要請文と口頭での要請のみで終了。

 以下東京高裁への要請文の一部を抜粋。

 

要 請 文

 

「袴田事件」に関連して、周知のように、3・13に東京高裁刑事第2部大膳裁判長が再審開始決定をし、3・20には東京高検が特別抗告を断念した。他の事案とはいえ、同じ東京高裁に勤めるものとして無縁ではすまされない。

 とくに、事件の1年2カ月後にみそタンクから見つかり、犯行着衣とされた「5点の衣

類」は「捜査機関による隠匿の可能性が高い」とし、決定的な証拠がねつ造されたことに

言及している。特別抗告を断念したということは、検察もそれを認めざるを得ないという

ことだ。

 狭山事件においても、このことはおおいに関連しています。証拠ねつ造のデパートです

が、決定的には万年筆・インク問題が典型的です。大野裁判長におかれましてもおおいに

他山の石として、勇気ある判断をされることを要望します。

 

写真特集 3・23狭山要請行動

東京高裁は鑑定人尋問を行えと声高く訴え

要請団に話しかける袴田事件弁護団・村﨑修弁護士


東京高検は全証拠を開示せよ

各地の街頭宣伝

3・26大阪・京橋街宣写真

3・26福岡・天神街宣


取り組みスケジュール

毎月の狭山要請行動

4/25(火)集合時間 12時東京高裁正門前

5/22(月)集合時間 12時東京高裁正門前(※この日は、昼休みの高裁前宣伝のみとなります)               

狭山現地調査・現地集会(青年・婦人中心)

5/21(日)12時半 西武新宿線狭山市駅集合

(※現地調査は、判決のウソのルートをたどります)

 15時半 現地集会(富士見集会所)


会報「狭山大運動」第10号(2023.4月10日号)2面

連載3 狭山大運動(略称)会員の方々の第3次再審勝利にかけた思い

東京 坂本 博さん  寄稿 

 

 狭山闘争と関わりは大学時代の部落解放研究会への参加で始まりました。部落解放同盟

に指導されながら、石川さんのご両親の裁判傍聴をサポートすることや、現地調査のアレ

ンジなどをしていました。そんな中で、1969年の部落青年5人による浦和地裁占拠闘

争は私たちに衝撃を与え、運動に国民的広がりと深みを与えました。にも拘わらず、東京

高裁寺尾裁判長の無期懲役という不当判決。日比谷公園で、猛烈に抗議したことを未だに

記憶しています。

 

申し訳ないの一語を原点に

 

 しかし、その後は狭山闘争から距離を置かざる得ませんでしたが、第三次再審闘争が盛

り上がるなかで再び運動に関わりたい、関わらねばならないと思いました。そもそも私を

含めて狭山闘争に関わってきた人間は、石川さんやご家族に対して「申し訳ない」の一語

を原点にすべきです。私が関わり始めてからでも既に55年の歳月が流れました。だが石川

さんは未だに見えない手錠に縛られたままですし、無罪判決を勝ち取らない限りご両親の

墓参りもしないと頑張っておられるのを見るにつけ心が痛みます。私たちはこの間何をや

ってきたんだと慙愧の念に堪えません。

 現在の狭山再審闘争については、従来の発想や枠を打破する動きが出てきていると感じ

ます。従来の署名・要請葉書だけでなく、毎日新聞に掲載された狭山意見広告は私には衝

撃的でした。社会に訴える力は格段についています。さらに東京高検や東京高裁に対する

要請行動は、私の常識を超えるものでした。特に、万年筆が発見されたとされる鴨居の現

物大の模型を東京高裁に持ち込み、裁判官室に置かせたのは画期的だった評価しています

 再審開始の決定を得るまでは、私たちは司法当局に対して最大限の働きかけをすべきで

す。石川さんがご両親のお墓に無罪獲得のご報告ができるまで、残された時間はありませ

ん。幸い、直近では袴田さんの再審開始決定という追い風も吹いてきました。頑張りたい

です。    

 

 

 

 

大阪・寝屋川市

 つる丸整骨院 鶴丸 春吉さん

 

 長崎大学時代に全共闘で狭山の集会・デモに参加したが、内容は殆ど知らなかった。 

 卒業後大阪の箕面市で教員になり、同和教育研究会に参加して、被差別部落の生活や部落差別の実態、狭山事件の内容を知るようになり、日教組の動員で狭山闘争に参加した。

 寝屋川市議員選挙に社民党公認で立候補した知人から応援依頼を受け、その縁で社民党寝屋川支部長となり、その後大阪狭山実行委員会に参加するようになった。

 

 石川さん無実の確信を持つ

 

 大阪狭山実行委員会では、街頭宣伝や講演会など取り組んでいる。映画「SAYAMA

見えない手錠をはずすまで」上映と講演会を行った際、映画で石川さんが、自分のふるさ

との狭山の農道を走る姿を見て、石川さんは無実だと確信を持った。 その後、昨年5月

の意見広告運動報告集会で狭山大運動(略称)が結成され、10月の狭山現地調査に参加。

もらった資料がていねいな説明とわかりやすさに感動し、狭山事件を自分の頭で考えるよ

うになった。

 資料で、被害者に付着しているはずの犯人の精液・体液の件が触れられていないのは残

念に思う。狭山事件は強姦・殺人事件とされ、絶対に犯人の精液・体液の証拠を警察はも

っているはず。多くの人も関心があると思う。開示されれば石川さんの無実は明らかで、

これまで以上に多くの人が起ち上がるのではと私は思っている。検察は全証拠を開示せよ

 

。  

写真 狭山現地調査の鶴丸さん(左端)

茨城県ひたちなか市 

 新社会党茨城県本部 関 光雄さん

 

 私は以前NTTに勤めていたときに、労働運動に関わっていた。NTTをリタイアして

から地域での取り組みに参加するようになった。その縁で新社会党に入り、県本部副委員

長の坂本さんと一緒に土浦市での学習会や、狭山事件と人権を考える茨城の会に参加して

、狭山事件のことを知った。坂本さんから、新社会党の新聞に狭山の記事を書いてくれと

言われ、資料を調べながら勉強して、狭山のことがすこしづつ分かるようになった。

 茨城では、原発問題や反基地闘争、朝鮮人学校の問題などさまざまな課題があり、学習

会など様々な取り組みがされている。狭山事件は、再審を求めて長い間たたかいが取り組

まれてきた。部落差別によって、石川さんを「殺人犯」にデッチあげるなどということは

、絶対に許されない。土浦での人権の会では、石川さん宅のカモイの模型や「発見」され

たとする万年筆のインク問題などの学習をとおして、警察が「犯人」にデッチあげたやり

方や石川さんが無実であることがよく理解できた。

 毎日新聞に載った狭山意見広告は、人権の会の集会のとき参加者に配付され、みんなの

意見や感想がだされた。石川さんの写真も掲載され、内容もわかりやすかった。こうした

取り組みはすばらしいと思った。

 これからも人権の会の人たちと一緒に、再審勝利にむけ取り組んでいきたいと考えてい

る。

 

福岡 女性(匿名希望)

 

 狭山闘争は、1970年代のまだ20代の頃から取り組むようになった。話を聞きこれは

権力犯罪だと思い、何としても石川さんの無実をかちとりたいと集会にも参加した。

 1974年の寺尾判決の前に、死刑判決がだされたら、その時は東京高裁に突入すると

いう話があり、私も多くの人たちと一緒に待機していた。あの頃は、日比谷公園が埋め尽

くされるほど、狭山をたたかう人々があふれていた。第3次の再審勝利にむけ、あの頃の

狭山のたたかいをもう一度実現して世論を動かす運動をつくりだしたい。

 必死の訴えに

  思いを新たに

 国労の裁判で東京高裁の傍聴行動に参加した際、たまたま高裁前で石川一雄さんと早智

子さんご夫妻がマイクで訴えているのを見たことがある。石川さんの必死の訴えに、改めて狭山の勝利を何としても勝ちとらなければと思いを新たにした。

 今は月に1回、狭山映画上映実行委員会の福岡・天神での狭山街宣に参加し、署名集め

と東京高裁への要請ハガキへの協力を訴えている。今は特に署名に力をいれ、あまり長話

をさけ、署名を沢山とるよう心がけている。

 天神は福岡一番の繁華街で若い人たちが多く通るけど、狭山の話をすると学校で習った

とかの反応もある一方、知らない人もいたりして、継続的に取り組みを行う重要さを改め

て感じている。最近では、袴田事件も話題になったりしている。

 全国の人たちと一緒に、がんばって再審を勝ちとっていきたい。

 

■お詫びと訂正■

 前号2面の4段目、中程の滋賀県大津市・田中守さんの文中、「大津部落解放労働者研

究会」との記述は誤りで、正しくは「大津労働者部落解放研究会」でした。お詫びして訂

正いたします。