【鴨居(かもい)をめぐる事実認定】
裁判所によって被害者のものとされてきた万年筆が発見された石川一雄さんの自宅の「鴨居(かもい)」。引き戸の上にある板のことだ。しらみつぶしに行われた二度の家宅捜索で発見されなかった万年筆が、その板の上にポンと置かれているのが見つかったのだという。
「これは警察によるねつ造だ!誰の目にも見えるこんな場所に置かれた万年筆を二度の家宅捜索で見落とすはずがない!」。控訴審で弁護団はこのように主張したが裁判所は聞き入れなかった。
この「鴨居の上」に関する裁判所の事実認定は、しかし、一審判決と二審以降の判決で大きく違っていた。
一審死刑判決を下した内田裁判長は、「鴨居の上」について、「人目につきやすい場所であるが故に、かえって捜査の盲点(ママ)となった」とした。
二審無期懲役判決を下した寺尾裁判長の事実認定は内田裁判長のそれと大きく違っていた。寺尾裁判長は、「鴨居の上」について、端的に「人目につきにくい場所であるが故に二度の家宅捜索でも発見されなかった」と認定したのである。そして、寺尾裁判長以降、上告審、第一次再審請求審、第二次再審請求審を通じて、すべての裁判官は、寺尾裁判長による「人目につきにくい場所である」との事実認定を踏襲したのである。
「人目につきやすい場所である」と認定した内田裁判長と「人目につきにくい場所である」と認定した寺尾裁判長。何故、同じ場所について180度異なる事実認定がされたのか?
実は、内田裁判長は現場検証を行い、鴨居をその目で見ていた。これに対して、寺尾裁判長は現場検証を行わず、鴨居を見ていなかった。寺尾以降の全裁判官は、現場を見ることなく「人目につきにくい」との事実認定を踏襲したのである。
【事実調べが行われることなく有罪判決を受け続けてきた石川さん】
実は、寺尾裁判長が行わなかった事実調べは、現場検証だけではない。寺尾裁判長は1972年11月に狭山事件控訴審担当裁判長に就任し、1年間の休廷を経て1974年10月31日の判決公判に至る間、弁護団が申請した7名の鑑定人らの尋問をすべて却下し、石川さんに対する有罪判決を下した。
一審がわずか半年間のスピード審理で死刑判決を下したこと、通常の刑事裁判であれば行われるはずの引き当たり捜査(事件現場での被告人尋問)が狭山事件では行われなかったこと等をあわせて考えると、狭山事件では事実調べが行われることなく有罪判決が下され続けてきたと言っていい。
【事実調べを行わない裁判所こそえん罪の温床】
狭山事件だけではない。事実調べをネグレクトすることで多くの冤罪が引き起こされてきた。
足利事件では再審請求審でDNA再鑑定が行われ、菅家利和さんの再審・無罪が確定したが、実は上告審ですでに菅家さんの無実を証明するDNA鑑定が最高裁に提出されていた。ところが担当した亀山継夫裁判長は、「DNA再鑑定を行う必要はない」との調査官報告にもとづき、上告を棄却してしまった。その結果、菅家さんの釈放と無罪判決は10年も遅れることになったのである。そして、亀山継夫裁判長に「DNA再鑑定の必要なし」との報告を行った最高裁調査官こそ、現在、東京高裁で狭山事件の再審請求審を担当している後藤眞理子裁判長にほかならない。後藤裁判長は、この過ちを二度と繰り返してはならない。
【事実調べを行わずに再審決定が出された例はない】
現在の刑事訴訟法は、再審を開始すべき理由を「真犯人が現れた時」もしくは「無罪を言い渡すべき新規・明白な証拠が発見されたとき」と定めている。再審を開始を求める再審請求審は、つまるところ、新証拠が「無罪を言い渡すべき新規・明白な証拠であるか否か」を事実調べを通して判断する場所である。
足利事件や東電OL事件ではDNA再鑑定によって、布川事件では事件現場や目撃証言などをめぐる7度の事実調べによって、東住吉事件では再現現場の燃焼実験によって、再審開始・無罪判決がかちとられてきた。
その一方で、名張毒ぶどう酒事件、和歌山カレー事件、飯塚事件、その他多くの事件では、確定判決を覆す「新規・明白な証拠」が提出されながら、それらの証拠が事実調べされることなく、門前払いのように再審請求が棄却されてしまっている。
事実調べが行われた事件で再審請求が棄却された例はなく、事実調べが行われなかった事件で再審開始決定が行われた例はない。
【下山鑑定・福江鑑定・浜田鑑定の事実調べを】
石川一雄さんの自宅の鴨居の上から発見された万年筆は、石川さんの指紋はおろか被害者の指紋さえ検出されなかったばかりでなく、被害者が事件当日まで使っていた万年筆とインクの色が違っていた。「万年筆はニセモノだ」と弁護団は主張してきたが、第一次・第二次再審請求審の裁判長らは「インクを入れ替えた可能性を否定できない」として弁護団の主張を退けてきた。現在、新証拠として東京高裁に提出されている下山進博士による鑑定は、「インクを入れ替えた可能性がない」ことを科学的に立証するものである。
脅迫状と石川さんの逮捕当時の筆跡をコンピューター解析で比較・数値化した東海大・福江潔也教授の鑑定は、真犯人と石川さんは「99.9%の確率で別人」としている。
また、元奈良女子大学名誉教授の浜田寿美男さんは、50年ぶりに開示された取り調べ録音テープを鑑定し、これまで有罪判決の柱とされてきた石川さんの「自白調書」が警察によるねつ造ともいえるものであり、取調室での石川さんの自白はむしろ事件についての石川さんの「無知の暴露」であることを暴いた。
これらの新証拠が再審の扉を開くか否かは、裁判所による事実調べ(鑑定人尋問)にかかっている。そして、裁判所を動かす力は世論をおいてない。
新聞意見広告を通して、みんなの力で、東京高裁に鑑定人尋問を迫ろう。